行政書士 田村 智枝子

行政書士 田村 智枝子

令和7年12月12日 
今年は戦後80年ということで、いろんな反戦の催しや、映画やドラマ等々のメディアでも大きく取り上げられていましたが、私は昭和20年6月19日の福岡大空襲の火の雨が降る中を、10歳年上の姉の背中におんぶされて、逃げ回った体験の持ち主です。

私の生涯の記憶はこの非常で異常で悲惨な体験から始まります。
といっても私の原記憶なのか、あとから周囲の者から聞いて自分の記憶だと思い込んでいるものもあるとは思いますが、それでも火の雨の中を逃げ回った恐怖の記憶は鮮明に残っています。

家も財産もすべて失って、やっと生き延びた私たち一家ですが、両親は、それはそれは苦労したでしょうが、私たち5人の兄妹には食べることに事欠くような思いをさせることもなく、生活させてくれました。

私は、当時八百屋を営んでいた母が、仕入れのためにリヤカーを押して行くそのリヤカーに乗ってよく青果市場まで付いて行ったものです。リヤカーって分かりますか?
一帖くらいの大きさの荷車のことです。
幼い私は、楽しくてしかたなかったけれど、母は本当に苦労したと思います。

私は、この戦争体験、戦後体験を通り抜けたおかげで、人一倍戦争を憎む思いが強いと思っています。

私自身は、生活の苦労を味わうことなく高校、大学まで進学させてもらいました。
大人になって結婚してからは、子供の病気や子育て、夫の仕事の失敗や自分自身の病気などでそれなりの波はありましたが、60歳を迎える前に行政書士の資格をとり、今日に至っています。

行政書士の資格に挑戦したのは、それまで関わって来た子育て支援の活動の中で知った、児童虐待の問題に役立つことはないかと思ったからです。
しかし家庭のなかで起きることに対しては、行政書士としてあまり力になれることはなく残念でしたが、行政書士として、ほかの分野でひと様のお役に立ちたいと思い直し、事務所を一人で開設しました。
家族の応援と行政書士の先輩に助けられて、今日までやってこられました。

一人で始めたので、お受けした業務は何でも必死で勉強し、先輩にも教えを請いながら取り組ませていただきました。
その後、長男の田村公隆も行政書士となり、事務所を大きく発展させてくれたので、メンバーも増え、それぞれの得意分野で皆様のご要望にお応えしております。

私は遺言や相続、後見などを受けもっています。
お一人お一人の言葉に耳を傾け、お気持ちに寄り添い、長年の経験を活かしながら、しっかりと目的の書類を作り上げたいと現在も努力を続けております。

趣味は読書、映画鑑賞、ミュージカル鑑賞、旅行などが大好きです。仕事は楽しく、事務所の若いメンバーに学びながら刺激を受けながら毎日を過ごしております。

感謝の毎日を過ごさせて頂いております。